2007年06月20日

夕鶴

本家のコメント欄で「夕鶴」の話が出たので何となく色々と思い出したので書いてみる。


まぁ、私は昔芝居をやっていたわけだけど、「夕鶴」はやってみたい演目の一つだった。幸い、脚本が出版されていたので買って、何度も何度も読んだ。
でも、どうしても私には「つう」が解らなかった。あまりにも私と違いすぎて、全く共感できる部分が無かった。一つでも重なる部分、共感できる部分があれば、そこから役を掘り下げて演じることは出来る。それが全く無いということは致命的だ。
大体、私だったらつうのように泣きながら去っていくだけじゃ済まさない。「なんで見やがったこのやろう!」と、蹴りの一つや二つや三つは入れるところだ。そうなるともう、悲しいお話でもなんでもなくてただのコメディになってしまう。あ、でも、「現代版・夕鶴」とかなんとか銘打ってコメディでやるのもそれはそれで面白いかもしれない。でも、既に誰かがやってる可能性も。








木下順二(夕鶴の作者)が卒倒しそうだ。
posted by 華音 at 23:51| Comment(8) | TrackBack(0) | かけら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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